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さらさ la 3rd

XBOX中心のゲームプレイ日記。

   
カテゴリー「XBOX 萌えゲー」の記事一覧

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W.L.O. 世界恋愛機構(10)

今日は19,Novemberですか。

goodcoolの人には悪いけど、この日はもう
特段何の感情も抱かない日になってしまったなw

明日はどこで20,Novemberやろうかな。
キャッツアイ八千代にはまだFINALあったっけ?


・第25話(アリサルート)

なんでエロゲはエロシーンで毎回コスプレするんだろう。

当たり前のように考えてたけどよく考えると変だよな。
3次元のAVではコスプレものって特殊な方でしょうw

普通のかわいい私服姿が何十パターンもあって
それだけでエロシーンを繰り広げるような
エロゲーって私はあまり体験したことがないな。

ってここまで書いて気付いた。デザインが大変だからか。

"普通のかわいい私服"よりは体操服やスク水や制服みたいに
ある程度テンプレートのある服装の方が楽に描けるはず。

逆に3次元では体操服やスク水を手に入れるほうが大変だからw
それよりは普通のかわいい私服がメインになりやすくなると。

なんか現実的な結論になってしまって微妙な感じだ。

まあ何が言いたいのかと言うとアリス衣装は
アリサでなくサラサに着せて楽しむべきだったと。

アリス衣装はぺたんこな人にこそ似合うのではないかと。


・第26話(アリサルート)

恋敵とヒロインが抱き合ってハッピーエンド。
これはなかなか斬新な展開だった気がします。

スタッフロールが流れた瞬間リアルで『はぁ!?』とか言っちゃった。
ギャルゲやってて思わず声を出してしまったのはこれが初体験だなw

恋敵って言っても本当の恋愛面で対立してる相手ではないし、
むしろ主人公とアリサの恋愛に協力してくれた人だから
そのソラリスさんとアリサの繋がりを描くのは別に悪くない。

ただラストシーンで主人公放置ってのは駄目でしょうw

ソラリスさんが一緒に止めてくれるならそれでいい
(NOA関係のその他の人とは別れても悲しくない)
とも誤解されかねない非常に変なラストシーンだった。


・エンディング(アリサルート)

結局今までと何も変わってないじゃないかw

NOAを止めると言うアリサの決意はなんだったのか。
新たに結びつけた6000×2のカップルは全員不幸なのか。

5年後のアリサは自分の世界のためにNOAで頑張って働いている。
NOAの方針とは異なっても、担当した相手のことを親身になって考える。
(一人当たりの時間が増えてるってことはそう言うことですよね)

20話あたりの新しいアリサの生き方と何も変わっていません。
主人公がそのアリサの生き方を応援し支えているのも変わらない。

なんで22話以降の展開が必要だったんだよこの物語にw

あの劇抜きでこのエンディングの方が明らかに自然じゃないか。

NOAを止めると言い切ったアリサに5年間NOAで働かせるのは
5年間延々と無駄な時間を過ごさせたと言うことになっちゃうぞ。

酷いな……なんでこんなことしちゃったの?

20話あたりまでは綺麗な展開だったのに本当にもったいない。


シナリオ的な酷さと言う話は置いておくとしても、
物語中に劇を3回もやるのは流石に多すぎですよね。

『不思議の国』の比喩が最後の方は無茶苦茶になってる。

特に最後の劇は『不思議の国』と言う現実にいるアリサに
『現実』と言う劇を見せていると言う実にややこしい話です。

特定の単語を特定の事象の暗喩として使う場合は、
その意味を途中で変えちゃうと非常にわかりにくい。

25話でアリサが守りたいといった『不思議の国』って何だろう?
良いシーンのはずなのに意味が不明瞭なのがもったいないですよね。

25話の『不思議の国』にはソラリスさんは含まれていなかったけど
(内心は含めたかったんだろうことは26話のラストシーンで分かるけど)
個人的にはあの段階で『不思議の国』と言われたら私はソラリスさんも、
そしてNOAの組織も含んだ『不思議の国』を想像してしまいます。

無駄に劇を積み重ねた結果良いシーンが分かり難くなっていく。
何と言うか、これ以上分かりやすい蛇足の例はないような気が。
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W.L.O. 世界恋愛機構(9)

11月下旬からやりたいゲームラッシュだから、
できればそれまでにこのゲームは終わらせたい。

ただ20時間プレイして二人目も攻略できてない時点で、
どう考えても11月中に終わるゲームではないなw

ギャルゲはプレイ時間と同等かそれ以上の時間を
このプレイ日記を書く時間に使うことになるから、
数時間進めるだけでも結構面倒と言えば面倒です。


・第21話(アリサルート)

滝田さんが良い人すぎて笑えるw

本筋のヒロインルートに入ったら滝田さんは
おそらく完全なヒール役になるんでしょうけど、
先にこれ見てるとむしろ滝田さんに譲りたくなるな。


・第22話(アリサルート)

"頭の良い人"の描写は難しいと言う話を前にしましたけど、
"仕事ができる人"の描写もそれに劣らず難しいですよね。

それなりの企業でそれなりに社会人経験を積んでないと
仕事ができる人の描写はまずできないかと思います。

夢があるから就職活動はしないでフリーターになるなんて
考え方の人がたまにいる、と言うか私自身もそうでしたけど。

夢があろうが社会人経験積んでおいた方が確実に良いよな。

効率良い仕事のやり方だったり作った人脈だったりは
その"夢"がなんであろうとほぼ間違いなく役に立つはず。


・第23話(アリサルート)

誤字脱字はもう量が多すぎて突っ込む気にもなれない。

そしてこのゲームは脱単語の多さも目につきます。
要するに1文字ではなく1単語全部抜けてる。

酷い時には1行まるまる抜けてる時すらあります。

女性キャラの台詞なら声があるから内容分かるけど、
主人公の台詞が1行飛んだ時は内容を想像するのが難しい。

まあそんなのはまだ大きな問題ではなかった。

この23話では確実に20行前後の内容が抜け落ちてるよな?
話の途中からいきなり別の話の途中に話題が飛んでるぞw

なんでこんな酷いことになっちゃうんだろうか…。
誰一人としてテストプレイしてないってことだよな。


・第24話(アリサルート)

赤いボタンが出てきた時点で大爆笑してしまった。
ねえそこだけアリサにやらせる意味ってあるのw

物語としてアリサが結論を出すシーンは必要なものの、
あそこまで直接的にボタンを出してくるとは思わなんだ。

と言うかアリサがNOAを選んだのは黒いボタンの方だし、
NOAを裏切ったのは最後の久坂を助けるシーンだから
赤いボタンは物語的にも別に要らなかったのがより笑えるw

とかまあ笑ったことは笑ったけど第24話の展開は酷いと思った。

誘導させるような状況を作って恋愛に発展させることは悪なのに、
誘導させるような状況を作ってNOAを裏切らせることは善なんですか?

と言うか今回のNOAの作戦ってそこまで酷い作戦なのか?
似たようなレベルのことWLOでもやってると思うんだけど…。

黒いボタンの時におおNOAを選ばせるのは熱いなと思って
運命なら抗いなさいの台詞でアリサかっけええと思った
私の感動を返してくださいw 瞬時にひっくり返すなw


この劇は前回のサラサ死んじゃう劇よりさらに酷いですね。

そろそろアリサは本気で切れてもいいと思う。
と言うかむしろソラリスさんが切れるべきw

・アリサはサラサの治療費の為にNOAで働かなければならない。
結果としてオーバーワークになり肉体面で苦しんでいる。

・アリサはNOAの恋愛を成就させる仕事には誇りを持っているものの、
NOAの仕事の進め方に疑問を抱いていて精神面で苦しんでいる。


一応この劇の前の前提条件はこんな感じだったはずです。

で、これに対するこの劇での答えはと言うと。

・サラサの治療費はWLOが出すから強制的に働く必要ないよ!

・NOAに従う必要なくなったから自分の好き勝手に仕事していいよ!


これですよw

現実に苦しみつつもその中で精いっぱい生き抜いて、
答えを出そうとしていたアリサに対してこれは酷い。

こんな劇をやらなくともアリサはいずれ似た状況にぶち当たり、
そこで現実と不思議の国どちらを選ぶか決断を迫られたでしょう。
(アリサはターゲットのことを深く考えるようになっていたから)

その時アリサが出した答えこそが本当のアリサだろ?

こんなNOAの悪い面だけを見せるような茶番劇で
NOAを否定させるのがアリサの何の役に立つんだよw


NOAはシナリオ上は一方的な悪役にされてますけど、
まあ冷静に考えてみるとそこまで悪い組織ではない。

NOAのアリサが今まで結びつけてきた多数のカップルは
全部偽の恋愛で全員不幸なカップルになったんですか?

この一言だけでこの劇の欺瞞がよく分かると思います。

NOAで不幸になった人もいるし幸せになった人もいる。

もちろんアリサがNOAで不幸になる人を見過ごせず、
今回のようにNOAを裏切ることは何の問題もありません。

ただ今回は"劇"だからNOAで不幸になる人はいないよね。
そんな劇の為にアリサはNOAを裏切ることになったんだよね。

個人の人生全てを左右する恋愛以上に重大な選択を
こんな茶番劇で決めさせるって本当に最低の行為だよ。

今回のNOAの作戦よりも数段酷いだろこの劇はw


そして物語的にも酷いから救いようがないんだよな…。

アリサは"世界を広げてくれた"主人公によって変わった。
のに、この作戦はアリサの世界を狭めてしまっています。

WLOは新しい世界だけどNOAもまたもうひとつの世界だからね。

アリサはNOAとWLO両方の世界を保とうとしていたのに、
主人公とWLOによってNOA側の世界が閉ざされてしまった。

だから23話のソラリスさんの嫉妬発言である
NOAのアリサを間違ったアリサにしたいのか
と言う台詞は実は結局正しかったことになる。

WLOの考え方をNOAに取り入れようとしていたアリサと、
NOAの悪い点を見せてNOAを裏切るように仕向けたWLOと
どちらが世界を広く見ているかは改めて言うまでもありません。

悪いものを捨てていくと世界が閉じていくと言うのは
どくさいスイッチ等でみなさんご存じのとおりですw

NOAのアリサを否定するなとは散々書かれてきたので、
作者もこの劇が酷いことは分かってると思うんだけどな…。

なんでこんなエピソード入れちゃったんだろうか。

W.L.O. 世界恋愛機構(8)

そういやME2のDLCはまだ修正されないのかなと
あちこち見てたらME3日本発売決定してて吹いた。

3月とか非常に忙しいけどこれは発売日購入確定だな。

で、ME2のDLCはまだ修正されないの?


・第17話(アリサルート)

本当に似た者姉妹だなぁ君たちは。

シナリオの展開も性格も全く違う二人なのに、
ふと似たような状況に遭遇した時の反応が
ほぼ全て同じと言うのは実に面白いと思います。

ちょっとやりすぎな気がしなくもないけどw


・第18話(アリサルート)

アリサがサラサの見舞いに行かないのはまだ分かる。
ただ主人公は何でサラサの見舞いに行かないんだろう?

と言う違和感はこの無理やりなオチの為でしたか。
主人公がサラサに会いに行ったら一発でバレるからなw

しかしこのオチはもう少しどうにかして欲しかった。

サラサが危篤状態になったとしても、生きている以上
"サラサのために働くアリサ"の現実は変わりはしません。

主人公がサラサのいない世界を覚悟しろとアリサに伝えて、
そして壊れたアリサをそれでも受け入れると決意したから
アリサの現実は変わったけど、それはサラサのおかげではない。

主人公がそう説教しなかったらどうするつもりだったんだサラサw


いや、サラサが15話の姉妹喧嘩の続きとして
思わず死んだふりするのはまだ良いと思うんです。

問題はそんなどちらが正しいとも言えない姉妹喧嘩なのに、
なぜ滝田やソラリスさんがサラサ側についてしまったのか。

アリサの現実を変えたのは覚悟させて受け入れた主人公です。

サラサの劇は主人公にそう言わせるきっかけにはなったけど、
あの劇自体が主人公やアリサの感情を+にさせたわけではない。

と言うか少なくともあの劇でアリサの感情は壊れかけたでしょう。

その壊れたアリサをきちんと全て受け入れてやれるだけの
覚悟と甲斐性があの時点の主人公にあると確信してないと
あの劇は危なすぎてまず実行できない劇だと思います。

だから蛍やWLOがサラサに協力するのは分かるんだよね。
ただソラリスさんや滝田はアリサ優先で考えるべきだろ。


そして最後に一番の問題点を言ってしまうと、
よく考えると"全てサラサの筋書き"と言う真相は
物語としては何の影響も与えてないことが分かります。

重要なのは主人公が覚悟して受け入れたこと。

その台詞があればきっかけは別に何だっていいわけで、
サラサの劇であることは特段別に重要なことではありません。

本当にサラサが危篤状態になっても良かった。

危篤状態からは無事に回復したけど、サラサの願いで
しばらくは姉に回復したことを伝えないで欲しいと言う
途中からサラサが筋書きを描いたと言う展開にしてもいい。

"全てサラサの筋書き"でないと描けないシーンと言うのは
まあ強いて言うなら18話のビンタ喧嘩シーンになります。

ただこれは前述したように15話の焼き直しだからね。

姉の中から自分を消そうと必死になっているサラサは
既に15話で十分に描いてるから改めて描写しても仕方ない。

だから"全てサラサの筋書き"は完全な蛇足なんだよなぁ。

姉妹喧嘩が生んだサラサの個人的なわがままなのに、
それがまるでアリサの成長に必須みたいな扱いされて
全員が協力していると言う状況は不自然すぎる。


・第19話(アリサルート)

最近は――の連発が目立つようになってきた。
18話とか5行に1回は――が出てきてたぞ。

まあ文章の癖ってのは誰にでもあることなので、
それ自体はそんなに問題視することではありません。

例えば私の文章の癖で最近目立つのは
~だと思います。とか言う表現ですね。

小学生の読書感想文じゃないんだからw

後前々からの癖としては~ですよね。みたいに
無駄に同意を求めてる表現が多いのも気になる。

それとブログの横幅×2行分に収まるように
一文一文を短くしてるのも私の癖になるでしょう。

丁寧語(です)と標準語(だ)を頻繁に切り替えるのも癖だな。

この辺は私のどの日記を読んでも共通する癖だと思いますw
ほらまた思いますとか書いてますよね。とか同意求めてるよな。

まあともかく大抵の人に文章の癖はあります。

そしてその癖は常に悪いと言うわけでもなく、
その人自身の文章の魅力になる場合もあるので
一概に修正するのが正解だとも言えません。

だから文章の癖自体はまあ良いんですけど。

このゲームは文章の癖が次々と切り替わるから面白い。
文章の癖ってそう簡単に変わらないと思うんだけどな。

普通に考えたら多人数でシナリオを書いているから
書いている人によって癖が異なると考えるのが普通。

ただ三人称視点の滅茶苦茶さと誤字脱字の非常な多さは
常に共通してるから同じ人の作品にも見えるんだよなw


・第20話(アリサルート)

18話のサラサの劇が不満だった理由はもうひとつあって。

サラサを失ったアリサは代わりに大事な人を見つけたけど、
それってアリサの本質は何も変わってないんじゃないの?

続いて主人公を失ったらアリサはどうするんでしょうか。
と考えるとアリサ自身は全く成長してないことが伺えます。

そうなるとサラサはアリサの大事な人から逃れるために、
主人公にその役目を押しつけただけとも言えてしまう。

それは酷いとまでは言えないけど残酷な行為だと思います。


まあともかく、サラサの代わりが主人公になった所で
アリサ自身の生き方はあまり変わってはいません。

そんな彼女の生き方を変えるにはどうすべきなんだろうか。

と言うとやはりそれはもっと世界を広げることですね。
彼女の世界にさらに灯りを照らしてあげないといけません。

彼女の世界を広げるとしたら考えられるのは2種類です。
仕事も自分の人生の一部にするのと、後は子どもを産むことw

エースとしての自分も自分だと受け入れることは大事です。
と言うかこれを受け入れないとソラリスさんが不憫すぎる。

だからアリサが望んで仕事を頑張るシーンが必要なんだけど、
主人公に言われるまでもなく自分からそれを理解していた
アリサにはちょっと好感を持ったかもしれません。

しかしアリサの物語は最後に仕事を受け入れて
終わりだと思ってたのにまだまだ先は長そうだな。

となると最後はやっぱり子どもを産んで終わりなんだろうかw

W.L.O. 世界恋愛機構(7)

続いてはフェミルナ姉妹のもう片方を攻略しますか。

初回プレイで選択肢前のデータは取ってあるので、
最初からやり直す必要はないから幾分気は楽です。

遊園地の選択と最終選択でアリサ側を選んだら
今度は無事にアリサルートに入れました。

最終選択肢はサラサを攻略したい!と言う
強い意志がない限りはw話の流れ的に
アリサを選んでしまう人が大半でしょう。

似た者姉妹であるサラサも、あの時点では
アリサと全く同じ状況で非常に苦しんでいる。

と言うことを初回プレイのあの選択肢の段階で
察せる人はおそらくかなり少数だろうと思います。

私も服を引っ張られてようやくそれを察せたからなw

フェミルナ姉妹ルートは本来はまずアリサを選んで、
アリサルートでサラサもあの時辛かったことを知って
それでサラサルートに入るのが自然な流れかもしれません。


・第15話(アリサルート)

選ばなかった相手はいきなり死ぬ。
某CHAOS;HEADを思い出す超展開ですねw

そして滝田さんがデレて死ぬほどワラタ。

アリサルート第15話のタイトルは『画竜点睛を欠く』なんですけど、
このタイトルはダブルミーニング、つまり二重の意味を持っている。

と言うか最低3通りの解釈ができるので考えてください。
とかゲーム内のキャラに挑戦を挑まれてしまったからw

好き勝手に感想を書いている私としては
この挑戦を受けてみたいかと思います。

まずは『画竜点睛を欠く』の意味を定義付けておきましょう。

元々の故事は眼のない竜の絵を描いていた画家に対して、
その絵に眼を入れてみろと命令して眼を描かせたら
竜が目覚めて飛んでいったとか言う話が元になります。

転じて、ほぼ完璧な状態でも核となる1ヶ所が抜けると
その作品全てが駄目になってしまうと言う意味で使われる。


まず15話のアリサが画竜点睛を欠いた状態なのは言うまでもない。

完璧だったアリサなのにサラサと言う姉妹を失っただけで、
全てが駄目になって何も考えられず暴走してしまった。

これがタイトルの意味であることは疑うまでもないです。

さて、しかしこれ以外にタイトルの意味があるのか。
と言われると個人的には全く思いつかないんだよなw

主人公は色々な友達に協力を求めたけど、
滝田(眼)の協力を得ようとはしなかった。(欠いた)

滝田さんは今までヒール役を気取っていたのに
お礼(眼)を言われただけで簡単にデレたw(欠いた)

主人公の母親は主人公の一大事に対して何も聞かずに
ただ一言(眼)だけ確認した。(これは欠いてない)


とりあえず思いついたのはこんなところ。
しかしどれも重箱の隅をつついてるレベルだw

しかも結局滝田がデレて最終的に協力してるんだから、
上3個は画竜点睛ではあっても"欠く"ではないです。

"サラサを失ったアリサ"以外に『画竜点睛を欠く』の
単語が当てはまりそうな内容は15話には無いんだよな…。


そこで考えられるのは"サラサを失ったアリサ"と言う
事実がいくつもの意味を持っていると言う可能性です。

NOAのエースとしての目的(サラサ)を欠いた。
アリサフェミルナの大切な人(サラサ)を欠いた。
不思議の国に必要な登場人物(サラサ)を欠いた。


アリサはアリサ本人としての他に、エースとして、
そして演劇の主役としての自分を持っています。

他にも色々あるかもしれないけど、最低でも
この3通りの解釈を外すわけにはいかない。

これは作中で挑戦を投げかけてきた時の
『最低3通り』の台詞にぴったり当てはまる。

最低3通り。と言う挑戦の台詞を受けるなら、
私はこの回答が一番筋が通ってる気がします。


ただ私は別の解釈をしたいんだよね。

そもそも画竜点睛の故事も実はダブルミーニングです。

眼と言う一点を欠いただけで竜は竜になれなかった。
しかし逆に"絵としてはこれで完成"とも言えます。

眼を入れたら飛んでいなくなっちゃうんだからw

眼を入れない方が周りの人は竜を楽しむことはできる。
しかし竜さん本人は眼を入れて自由に飛び回りたいはず。

要するにアリサは眼を入れてない竜だったわけです。

サラサと言う枷があるからアリサは優秀なエースだったし、
アリサ本人もその場所に留まり頑張ることを望んでいた。

しかしサラサを失ったら(眼を入れたら)アリサは暴走し、
周囲の人々を傷付けて自分一人で飛んでいってしまった。

客観的に見るとアリサに眼を入れるべきではなかった。
ただ、眼を入れたアリサこそが実は本当のアリサなわけです。

アリサ(表面)はサラサを失って(眼を欠いて)駄目になった。
アリサ(本心)はサラサを失って(眼を入れて)完成した。


私はこの二重構造が解釈としては一番綺麗だと思います。

ただこれだと『最低でも3通り』にはならないんだよねw

上で書いた二重構造は表裏一体的なものなので、
もう1個追加してはい3個ですと言えるものではない。


私は『最低でも3通り』と言う台詞が無かったら
間違いなく最後の二重構造でタイトルを解釈しました。

要するに作者側がタイトルを説明してしまったせいで、
私は自分自身が望む解釈ができなくなったとも言えます。

作者は自分の物語の解釈を説明してはいけない。
と言うのがとてもよく分かる例ですよね。

読者側がどんな素晴らしい解釈をしようとも、
所詮作者ではないから"正解"ではありません。

逆に作者の解釈はどんな酷い解釈だろうとw
作者自身なのでそれが"正解"になってしまいます。

正解を決めると言うことは、それ以外の考えを
不正解だと決めつけてしまうことにもなります。

それは"プロ"の"娯楽"作品ではやってはいけないこと。

後は無駄に挑戦を挑まれるとプレイ日記が長くなるからw
そう言う意味でも作者の解釈発表は控えてくれると助かります。

W.L.O. 世界恋愛機構(6)

個別ルートに入ってからも普通に長くてワラタ。
15時間かけてやっと一人目クリアか…。

学園祭の演劇は完全にフェミルナ姉妹のものなので、
メイド喫茶側選んだら別の話になるんでしょうけど。

あそこから全部話切り替わったら大変な文章量になるぞ…。

このゲームのプレイ日記が無駄に文章長くなるのは
好きだからではなくゲームの文章量が多いからですw


・第15話(サラサルート)

15話でサラサ専用の話をして終わりかと思いきや
なんだかんだで21話まで続いたのには吹いた。

ただ攻略キャラは全員21話まで話が続くのかな?

何と言うか話的に何の進展もなくすぐに終わる
話数消化以外に何の意味もない話もあったので。

後述するけど後半が駆け足で描写不足なんだから、
この辺の話は削って後半に回せばよかったのに。


・第16話(サラサルート)

16話短すぎワラタ。

と言うかあからさまにエロシーンが途中から
カットされてる気がして仕方がないんですけど。

エロゲーのエロをカットして移植するの止めようぜ本当に。

プレイ後についPC版も買っちゃうんだよ!(落ち着け

何だかんだで実績目当てで触れた移植エロゲは
ほぼ全てPC版も買っちゃってたりします。


・第17話(サラサルート)

サラサたんが主人公の愛に答えられない理由は
やはりいずれは天の川に帰るからですよね。

まあこの時点まで常に芸名(?)のユーキさんと
主人公のことを呼んでいたことから分かるとおり、
サラサは未だに不思議の国で遊んでいるわけです。

だから現実を突きつけたら簡単に壊れてしまう
と言う描写はまあ物語としては間違っていません。

ただ散々ラブラブエロエロ描写をしておいて
好きです言われただけでああなられても困るよなw

もう少し重めの告白(付き合おうとか)なら
特に違和感なくサラサの感情にも共感できるのに。

後何度も言うけどシリアスシーンで誤字は止めようよ…。


・第18話(サラサルート)

サラサたんがWLOに入った理由はやはり
男女の仲を取り持つのが仕事だからですよね。

サラサが主人公の本当の名前を呼んで愛を伝える時が
このシナリオのクライマックスシーンかと思ったら、
なんかあっさり本当の名前に切り替わってがっかりしたw

後から考えると18~19話はいらないよなぁと思います。

現実から逃避してでもサラサの側にいてやる、と言うのは
この後サラサが全てを知りその現実を受け入れた時点で
何の意味もない内容になってしまうのは言うまでもない。

このイベントを挟むなら内容としては無粋になるんだけど、
サラサ自身の口から現実逃避したいと言わせるべきですよね。

二人で現実逃避して、その後"現実"を知るのもいい。
サラサの現実逃避を認めず、その後"現実"を知るのもいい。

ただ現実逃避しつつも段々と現実を見ていければいい、
なんて曖昧な行動をしてしまうと20話で待っている
"現実"を知るシーンも曖昧になっちゃうんだよな…。


・第19話(サラサルート)

今度は急に()書きが目立つようになってきた。
それと――の多用も気になるようになってきたな。

文章の癖が次々に変わる癖と言うのは何とも珍しい。

そういや――や……は本来2文字分を使うのが正しく、
…と一文字で収めてしまうのは間違いだと言われます。

このゲームはきちんと2文字分使ってるんだけど、
個人的には横書きの場合は1文字で十分な気がするな。

まあ正しい文章の書き方って実は結構変だよね.

横書きの場合は句読点を、。ではなく,
,.にして書くのが正しいんですけど.

実際正しく書くとどう考えても落ち着かないわけで.

公文書は,.で書くことが一応定められているのに,
それでも公文書を。、で書く人はかなり多いです.

実の所私もそうしてるし。


・第20話(サラサルート)

先が見えないから愛に答えられない少女。

その自分が先が見えないけど愛に答えた人物から
生まれたと知って彼女は何を思ったのでしょうか。

20話は話のオチとしては素晴らしいんですけど、
もう少し見せ方どうにかならなかったのかなぁ…。

主人公が話の枠から外れちゃってるんですよね。

現実逃避したサラサを主人公はただ見守り、
現実を受け入れたサラサを主人公はただ見守った。

もう少し主人公が主導権を握っても良かったんでは。


・第21話(サラサルート)

サラサの髪に色取り取りの紙吹雪が舞い散るシーンは
まあやはり七夕の精霊のたんざくリスペクトですよね。

シナリオのクライマックスは20話でいいんですけど、
サラサの話の終着点はそこでないことは明らかです。

サラサが母と同じように子供を生むこと。
それこそがサラサの物語のラストシーンになる。

まあけどそれをやったらまんまクラナドだなw

とか思いつつスタッフロールを眺めていたので、
ラストシーンで子供が出てきて吹いてしまった。


・ラストシーン

サラサの子供が存在している、と言う時点で
もうサラサの生死はどうでもいいんですよね。

サラサの子供がいると言うことは、少なくともその日まで
サラサが一日一日を精一杯に生きていた何よりの証になる。

一日一日を精一杯生きていたサラサはそれで幸せだったでしょう。
その一日がいつまで続くか、と言うのは些細なことでしかありません。

まあギャルゲだからヒロインは殺せないけどw

サラサの病気が治ってないと描写したことから考えて、
作者自身はサラサは無事に長い間生きていけました
的な結論にしたくないことはまあ間違いないでしょう。


智代アフターでも似た結論になりましたけど、
やり切った人生での死は別に不幸ではありません。

いやまあどんな人生でも死は不幸なのかもしれません。

ただそれだと全人類が最終的には不幸を迎えることになります。
それはあまりにも救いがないしロマンチックwでもない。

不幸なのはやり残したまま人生を終えることであって、
その人自身が人生でやりたいことを全てやったのなら
その後に迎える死は決して不幸なものではないでしょう。

サラサは自分の子供を生んだ時点でそれが叶ったのだから、
それ以降に死を迎えることは不幸と呼べるものではない。

本人自身が全て受け入れて幸せを感じていたんだから、
後はもう第三者がぐだぐだ言うことではないはずです。


ただまあゲームと言うのは子供が対象です。

エロゲは年齢制限あるけどw

まあ実際の所は18禁のエロゲであっても、
メイン客層は十代になるかと思います。

上のように人生を考えるのは最低二十代からで、
十代ではまだ"死"は不幸以外の何者でもないでしょう。

だからその年代に向けたゲームは基本的には
"死"を不幸なものとして扱ってしかるべきだし、
なら当然サラサは殺さないのが正解だと思います。

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