次は渚&藤林姉妹&智代&有紀寧放置で…
と言うかもう残ってる人数を数えた方が早いですね。
と言うことで次はことみシナリオを。
今までも何回も入ろうとしたんですけど、
なかなか入れなかったことみシナリオ。
渚と知り合っておくことが、入る条件だったのか…。
・一ノ瀬ことみ
泣く、とは正確にはどういう意味か。
辞書を紐解いて調べてみると。
涙を流すこと、それが泣くと言うこと。
つまり涙が流れなければ正式に泣いているとは言えない。
涙目になっている、と呼べるだけです。
私は、今までのCLANNADのシナリオでは
涙目にはなったかもしれませんが泣いてはいません。
だったんですが。
ことみシナリオでついに泣いてしまったw
私の完全な敗北です。
ありがとうございました。(?)
あからさまにことみの心と家の庭を対比させといて、
最後に本人の口から私の庭は広いからなんて言わせるなよ( ´Д⊂ヽ
しかしこう言う比喩ってゲームでは珍しいですよね。
ことみの心=ことみの家の状況
であることがこの物語の核だと思うんですけど。
両者の間に直接的な因果関係はない。
庭を綺麗にせずにことみの心を救う手段もあれば、
逆にことみの心を救わずに庭を綺麗にする手段もあるわけですw
ことみの心=ことみの家の状況と言う対比は、
物語的には必要だけど現実的には必要ないんですね。
物語的には必要。
ご存知のとおり、この手の対比は小説や映画なんかでは
当たり前のように使われている手法です。
しかしゲームでこの手法を使うのは結構珍しい。
ゲームは、プレイヤーが仮想の空間に入り込むものであり。
つまり仮想の空間には、現実味が求められる。
よってことみシナリオは、ゲームのシナリオではない。(?)
と言うかCLANNAD自体、ゲームと言う呼び方は相応しくないな。
どっちかと言うと小説媒体に存在するべき内容だと思います。
こう言うと非常にあれなんですけど。
最近のよく分からない新書小説なんかよりも、
CLANNADの方がよっぽど文学してると言うか…。
一週間前の私が見たら爆笑しそうな結論だなw
ことみシナリオにいくつか突っ込みを。
まあ頭が良いだけで全国10位は無理だろw
的な物語の本筋と離れている箇所は無視するとしても。
主人公と過去に出会っていた、と言うのは
ちょっとどうなのかなと思いました。
いや、シナリオとして悪いわけではなく。
これはゲームとしてですね。
実は昔出会っていた、と言うのは
ギャルゲシナリオとしては禁則に近いと思います。
と言うより、メインヒロイン以外の話で
その手を使っちゃ駄目ではないかと。
実はこのキャラとも昔、実はこのキャラとも
とやっていくと最近のドラクエ5みたいになってしまいますw
主人公は0から始まるのが望ましいですね。
何より、ことみシナリオって
主人公が0から始まった方が熱いような気がする。
それともうひとつ。
CLANNADの世界は閉じていく、なんて言いましたけど
ことみシナリオの世界は開いているんですね。
このシナリオでは顔なしキャラ全員が
ステロタイプから脱却しているのがよく分かると思います。
各キャラのシナリオが閉じていく
→最後の渚シナリオで世界が開くと言うのが私CLANNADのオチだと思ってたんですけど。
ことみシナリオがこれだとこのオチ使えなくなるんだよな…。
単品としては良いシナリオだったと思いますけど、
CLANNADのサブシナリオとしてはどうだったのかな、と思います。
まあもっとも私はまだCLANNADを全てプレイしていないわけで。
もしかすれば私の想像もつかないオチがあるのかもしれませんけどw
PR
COMMENT